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2015年11月

2015年11月 8日 (日)

必要な時には着いてくる

Img_1708学生時代の友達に頼まれて、歌の発表会に参加することになった母。脳萎縮が進み、物忘れも多いこの頃、「楽譜持っていいから」と言われてOKした。

差し入れ用お菓子と舞台で着るドレス持ちを頼まれ、一緒に行くことになった私。
当日、父に連絡先を知らせておこうと、楽譜の間に挟まった会場のチラシを取り出し、メモを残した。

久しぶりの新幹線とお弁当で遠足気分の私と、以前歌った歌とはいえ、独りで舞台に立つ前の緊張気味の母。

到着してすぐ、楽譜を取り出す間もなく会場に引っ張られ、ピアノとリハーサル。
「大丈夫ね」と母の友達。

しかし、本番直前、母が「楽譜がないけど触った?」と客席の私に聞いてきた。
内心青くなりながら、
「うん、メモしたとき。ないと不安?」と聞き返すと、
「ちょっとね」と自信半分、不安半分くらいで答える母。
脳萎縮のせいか、若い頃ほど上がり症でなくなったのはいいが、
ここで動揺させてはまずいと思い、
「リハーサルで歌えてたから平気だよ」と誤りもせずに知らんぷりを突き通した。

音大生以降は舞台から譜面台が片付けられてしまっていた。
結局楽譜は見つからず、最後から2番目の母は楽譜無しで歌った。
フランス語と日本語の2曲、フランス語は間違えたらしいが気づかなかった。

家に帰ると、黒い机の上に黒いカバーの楽譜が開いて裏返しに置いてあり、完全な死角になっていた。
「やっぱり、あんただった」と母。
「ごめん!でも、後半の人は楽譜見てなかったから良かったじゃん」と私。
「まあね」と、無事終わったことに満足したらしい母。

母の脳萎縮より、自分の物忘れが恐ろしい。

このことをスピリチュアルなCさんに話したら、
必要なときには着いてくるもんだよ」と笑っていた。
まだ今は楽譜を見なくても歌える、と神様が言っていたのだろうか。
どちらにしても、母には、まだまだ趣味を楽しんで欲しい。

(写真: 池袋駅のフクロウの親子)

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